金曜日, 6月 01, 2007

マンガの将来

アメリカとヨーロッパでのマンガの人気上昇はすごく、メジャーな本屋さんでは翻訳されたマンガが何ダースもの本棚を占めている。でも、日本では残念ながら一般書物とともに売れ行きが毎年着実に減っている。

人が興味を持つ趣味の数も増えていくばかりなのでそれほど不思議なことではない。プラモでも同じ現象が見られたし、ここ数十年で流行ったビデオゲームの爆発的な人気だって最近は安定化してしまった。

ひとつの要因は現代人が即座に満足感を得ることを当たり前としてきていることだ。人間はモノの便利さを良いことに少しずつ怠けてきているため、読書からマンガ読みへ…そして今はマンガ読みから映画を見ることへと労力が少ない方へと興味は移っていく。アメリカでもコミックがハリウッドに活気を与え、最近のトップ映画の多くはコミックの映画化、もしくはそれからインスパイヤされたものである。

マイナスな要因としては著作権侵害やただ読みなどがある。音楽とソフトウェアの業界はこのために苦労し、マンガ界でも同じことが起きている。まだメジャーとは言えないが、デジタルフォーマットで出版されるマンガはコピーしやすいし、わざわざマンガ本のページを一枚一枚スキャンして海賊版を作る人もいる。マンガ喫茶なんかに行けば、客はマンガを描いた人に一円も払わずに読み放題という一般のビジネスモデル視点から言えばけしからん状態である(マンガ喫茶自体はマンガ本のおかげで客が増えているというのに)。

というわけで、著作権に関しての戦いは続き(続いてもらわないとマンガ家としては困る)、将来どうなるかはわからない…が、確信もって言えることはひとつある。読者がなんとかマンガを金銭的にサポートしなければ、マンガ業界はなくなる。マンガ業界がなければ、マンガもなくなる。


私にとって一番大事なのは、自分が物語をする人でいられることだ。ある意味、最終的なメディアは変わっても関係ない。でもマンガだと内容や芸術的な面で一番コントロールを保てそうなので、なんとかそこから始めたい。

これからのマンガが新しいトピックを取り上げないでマンネリ化していけば、メディアとしての輝きが薄れ、ポルノやオタク分野が主なものになってしまうだろう。マンガは芸術的に育ち、良き文芸と同じく、人間に意味深長なアイデアをうまく表せるようにならなければならない。